復興住宅の建設がどんどん進んでいて、石巻は一部入居も始まっています。東松島市ではイオンタウンの北側のところに高層の住宅を建てていて、来年4月には主に大曲地区の人たちが入れるんですよ。野蒜地区の人たちが入る復興住宅は土地がないから、野蒜の裏の山をやっと崩して造成しています。それが完成するのはあと5年後なんです。ほかのところはほとんど入居が決まっているのに、鳴瀬地区の人たちはおそらく宮城県で一番最後の入居者になるだろうと言われています。仮設にこれまで2年入って、これから5年ですよ。それが7年はいることになる。でも力のある人は家を建てて、移っていく。ますます残った人は取り残された感じでだんだん外出しなくなってくる。いろいろな課題が出てくるわけですよ。

 われわれも毎回通っているからこそわかることです。なおかつ個人個人全部違うわけでしょ。家族でも元気な子もいればそうでない子もいる。一人暮らしの高齢者、あるいは障害を持つ人、さまざまな人がいる。ひびき工業団地の仮設の中に生活支援センターができているので、僕らはそこの責任者と必ず月1回ミーティングをして、向こうから要請があったとき、僕らのできることをやっています。第三談話室のところは月2回、サロン活動でパッチワークやったり、このあいだもマッサージ、整体師の人が来たり。無農薬の野菜を作ったから持っていってくれというのを、来た人にお配りしたり。だから月2回必ず顔を合わせるわけですね。そういう活動を今やっています。

今回は5団体だけれども、来年は例えば1団体がもう1団体連れてくれば10団体になるし、その次は20団体になる

−地域間交流が今はメインになってきているとのことですが、具体的にはどのような活動をしていますか?

 被災地の現状を伝えるために、例えば、来てくれた金沢の人のところで、あの当時の記録映画を上映して観てもらっています。そして2年5ヶ月経った今、こういう状況なんだと。みなさんは今さら支援なんかと思っているかもしれないけれど、実は今なりの支援が必要なんだと言うと、初めてわかってくれる。ささやかですけどそれを継続して外に出ていって、訴えるしかないと思っている。

 その映画というのが『Pray for Japan』というタイトルで、ネットワーク宮城で活動していた4月の中旬から5月いっぱいの石巻と東松島の状況を記録したものなんですね。一部われわれも映っているんですけれども、今までの支援の御礼という意味で行くわけですよ。映画が終わった後、当時や今の状況を私が15分から20分お話をしています。

 上映の目的は三つあるんです。一つはこれまでの支援の御礼で、直接は受けなくてもいっぱい受けているわけです。二つ目はやはり忘れないでほしいという風化防止で、まだ継続支援がいると伝えること。三つ目は、これから起こる南海トラフについて警鐘を鳴らすこと。30年以内の発生確率が82パーセント。それはあくまでもシナリオですから、明日起きてもおかしくない。宮城でもそうだったもの。だから、起こる前にできる限りの備えをしましょうという呼びかけをするために上映会をしている。

 今回のこの事業は「広域連携による持続的復興支援体制構築事業」というもので、石川県と富山県と三重県と岡山県のグループが入っています。あと、宮城の石巻ということで。団体としては5団体なんですけど、あとは個人レベルで参加してくれる人が数十人いて、継続支援をできる体制をつくろうとしています。僕らは四国で上映会開催を仕掛けられないので、連携先の岡山のNPOが代わりに松山に行ったり、高知に行ったり、準備をしています。その前段階で、岡山県の津山市と広島県の福山市で上映会を仕掛けてもらって。三重の方もそういうことで、向こうからも来てくれるし、われわれも行く。そのときに上映会を仕掛けてくれていて、今回は津で上映しました。

1 2 3 4 5 6