立花 いろいろ話していくと実はじいちゃんのことを知ってたり、親戚だべとか、ちっちぇーとぎ知ってっぞ(小さい頃を知ってるぞ)みたいな、おめ、そんなおがっだのが(おまえ、そんなに大きくなったのか)みたいな話になって、そこでこっちもそうなんですと言って、世間話とかするんです。
藤原 向こうもしゃべりやすいでしょうしね。
立花 一回そういうのがあると市内であっても、この前お世話様でしたとこっちも話しやすいし、あっちも話しかけてくれたりするので、そういうつながりができます。そういう意味でも地元民にとって、ここはおもしろい場所でもあるのかなって。
地元の方々にどんどん広めていって、みんなに認められたときに、初めて大きなことができる
布田 ところで、唐桑の魅力はどういうところだと思いますか?
加藤 自分がいつも言っているのは、いい意味でも悪い意味でも狭いコミュニティというところです。狭いからこそ、活動していてリアクションが早いんですね。そういうところなので、顔が見えやすく、居心地がいい。だからコンビニなんかも、店員もみんな知ってるし、お客さんもほとんど知り合いみたいなものです。誰かしら知り合いなので、活動をやってて、モチベーションが常に保たれる。その分、叩かれるときは痛いですけれども。そこは運良く、みなさんにちやほやされながらここまで来てるので、すごくいいのかなと。それが自分にとっての一番の魅力です。
日本財団のGakuvoのプログラムではいろんなところに学生を派遣しているんですけれども、唐桑地区が圧倒的にリピーター率が高い。たぶん、都市部の若い人たちとかが求めているものが、ここにはあるんじゃないかと思います。ど田舎だからこそ、何か残っているんじゃないかと。それはさっき言った顔の見える関係だったり、古くから残っている家という考え方だと思います。唐桑には屋号というのが残ってますし。
布田 加藤さんは外から来たよそ者ということで、何かやっても大目に見られることはありますか?
加藤 ありますあります。
布田 もともと唐桑のコミュニティになかったような新しいことをやって、それでコミュニティが活性化される部分はありますか?
加藤 逆に、できるだけ郷に従えで…。どうなのかなあ。
布田 そんなにこう、かき乱すようなことはしない。
加藤 それはすごく意識してます。
布田 外から入った他の団体はどうですか?
加藤 ほとんど撤退して、自分みたいに移住しているのは2、3人いるかいないかですね。事業を立ち上げていった人もいますけれども、あんまりうまく行ってない印象です。根付かないんですよね。新しい価値観というのを入れたところで。根っこが張らないんですよね。だから、それを見ているからこそ、やるんだったらこういう人たちだろうなというのがあって、地元の若い人たちと一緒にやっています。
俺は自分に言い聞かせてときどき寂しくなるんですけど、どこまで行っても自分は根っこを張れないと思うんですよ、よそ者なので。そういう面ではどういう活動でも最終的には根っこは張れないと思っていて。それをやっぱりここに住んでる若い人たちがやるからこそ根っこが生える活動になるのかなと。からくわ丸の代表をずっと自分がやる必要はないなと思って淳ちゃんにお願いしたのも、そういう認識です。
布田 外から入ってきた人が、地元と信頼関係のないまま事業を立ち上げようとしていたのですか?
根岸 例えば商品開発とか、一番成果として見えやすいモデルケースがあって、それをそのままここに持ってきても、やっぱり単発的で地元に根付かなかったり、ここの文化や習慣に合わなかったりします。あと、やっているのが外部だから、外部の事業になっちゃっう。
加藤 かといって、地元のおんちゃんたちが何か新しい事業を立ち上げても、まわりから受け入れてもらえない。
立花 やるまでの経緯が一番重要なんです。そういう仁義的な部分が、唐桑はすごく強い。
根岸 ちゃんとプロセスを経て、仲間をつくらないと。
布田 からくわ丸はプロセスと地元の信頼を重視しながら活動しているのですね。
立花 自分らの活動というのは地味かもしれないですけど、本当に地元民の方々、本当に底辺の基盤のところからやっていくという形をとってるんです。だから、復興支援という形じゃない。まちづくりというものの、一番基盤の、底辺の部分からやっていきましょうというスタンスなので。
地元の方々にどんどん広めていって、みんなに認められたときに、初めて大きなことができるかなと。なので、それができない限り何をやっても、いい団体であろうとなかろうと、受け入れてもらえない。たぶんこういう傾向は唐桑では強いですけれども、他のところでやっても同じだと思うんですよね。それは今、何かやろうとしている人たちはみんな同じだと。